日本における薔薇の歴史

<目次>

●薔薇の日本史
●日本にも存在した原種薔薇

艶やかな花びらが何枚も重なり、華やかな色と芳しい香りで人を魅了する…
そんな 「花の女王」として薔薇のイメージが定着したのは、
明治の文明開化以降に西洋の薔薇が輸入された後でしたが、
実は古代の日本にも「薔薇(古くはショウビと読みました)」は存在していました。
意外と知られていない、薔薇の日本史を見ていきたいと思います。

●薔薇の日本史●

薔薇について日本で一番古い記録は万葉集にあるそうです。
「道の辺の茨のうれに延ほ豆のからまる君をはかれか行かむ」
という和歌があるのですが、この「茨(うまら)」がノイバラだそうです。

また、同時代の常陸国風土記の中に茨(バラ)で柵を作った記録があり、
現在の「茨城」の地名になっていると言われています。

平安時代には、源氏物語や枕草子にも薔薇(古い読み方は そうび です)が出てきたり、
紀貫之が薔薇を題にした和歌を残しています。
平安時代の文献に残る「薔薇」は、おそらく中国原産のコウシンバラではないかと
考えられているそうです。
藤原定家の『明月記』にはコウシンバラの和名である「長春花」という記述がありますが、
春から秋まで次々に花をつける返り咲きの性質からこのような名前をつけられたのでしょうね。

江戸時代の初期には、日本初の西洋バラの絵が宮城県にある円通寺というお寺の厨子に残っています。
それは、慶長遣欧使節団を率いたという伊達政宗の家臣・支倉常長が持ち帰った西洋バラだそうです。
同じ厨子にはトランプの柄もあって可愛いらしく珍しい品になっています。

江戸時代は園芸が盛んだったそうですが、古い日本文化の中での薔薇はそれほど重要とされておらず、
今のような薔薇のイメージが日本に根付くのは西洋の薔薇が輸入されてきた明治時代以降だったそうです。
ヨーロッパのドレスのように華やかな姿に、当時の日本人はビックリしたのではないでしょうか?

●日本にも存在した原種薔薇●

どうしても西洋のイメージが強い「薔薇」ですが、
実は日本には多くの品種の親になった原種があり薔薇の自生地として知られています。
現在約5万種以上もあると言われているバラの中で、人の手によらない原種は150~200種ほど。
うち3つ(ノイバラ、テリハノイバラ、ハマナス)が日本原産です。

【ノイバラ】
初めて見た時は苺の花に似ていると思いましたが、白く小さな花びらが5つ並んだ形などは
「梅や桜に似ている」と思う人もいるそうです。
調べたところ、苺も梅も桜もバラ科の植物と聞いて納得。大きさも実の形も全く違っていますが、
植物の“花”の部分は、根や茎や葉と比べて変化しにくいそうなんです。
ノイバラは多くの品種の親ですが、最近は自生している数が減ってきてしまっているそうです。

【テリハノイバラ】
ぱっと見はノイバラに非常に似ているのですが、葉につやがある(=照葉/テリハ)ことと、
花の数や大きさで区別ができるそうです。つる性の品種の親になっています。

【ハマナス】
紫がかった濃いピンクで一重咲きの花で、実はビタミンCたっぷりのローズヒップとして食用になり、
根の皮は絹織物「秋田黄八丈」の染料としても使われています。
花は素朴な見た目ですが、ダマスクに近く強い芳香などバラの特徴を持っています。
しかし、西洋のバラのようなフリルや堂々とした佇まいがないせいか、
「ハマナス」を知っている人でさえあまり薔薇として認識していない気もします…

「ハマナス」の名前は、浜辺に自生し、実が梨に似ていることから
「浜梨」と呼ばれていたのものの訛りだそうです。
ちなみに皇太子妃雅子様のお印(皇族が身の回りの品につけるシンボルマーク)として
使われているのもハマナスです。