ローズの香りに魅了された歴史人たち

<目次>

●アレキサンダー大王が勝利と共に持ち帰ったバラ
●バラの芳香で自分をプロデュースしていたクレオパトラ
●かの暴君ネロでさえ…
●マリー・アントワネットのお気に入り

●アレキサンダー大王が勝利と共に持ち帰ったバラ●

大胆なイメージとは裏腹にアレキサンダー大王は香りを愛し、
部下に命じて香りを持つ植物を入手したり産地を調査したりしただけでなく、
アレキサンダー大王自ら香りの調合までしていたと言われています。

アレキサンダー大王の時代に残っている記録の中には、
大王が持ち帰ったとされる各種バラの分析や栽培方法などが細かく記されているものがあるそうです。
そんなアレキサンダー大王の時代のコインにはバラが描かれ、
彼がエジプトに築いたプトレマイオス朝では長くバラとその香りが愛され続けたそうです。

●バラの芳香で自分をプロデュースしていたクレオパトラ●

クレオパトラは自作したバラの香油をまとい、寝室にもバラをしきつめていました。

バラをこよなく愛したと言われる、プトレマイオス朝最後の女王クレオパトラ。

アントニウスやシーザーを魅了したというエピソードの中には、
宮殿の床に敷き詰められたバラの花や、クレオパトラがオリジナルで作ったという
バラの香水などがキーアイテムとして登場します。

クレオパトラは自分を魅力的にプロデュースする天才だったと言われていますが、
まだ香水というものが無かった時代において、彼女は美貌や知識だけでなく、
身にまとったバラの香りでも強い印象を与えていたそうです。

●かの暴君ネロでさえ…●

「純血」「高い名誉」を象徴するとして、ローマ市民に愛されたバラ。
ローマの貴族は日常生活までバラで彩ってその香りに酔いしれ、
戦いに勝った日には街中がバラの花で飾られていたそうです。

その熱狂的なバラ愛は『暴君』として知られる第5皇帝ネロも例外ではなかったようです。
彼の催した宴では、食べ物・飲み物のほかに非常に大量のバラがもてなしとしてふるまわれ、
バラのシャワーではその重みで圧死する人が出るほどだったそうです。
しかし、こうした熱狂的人気があったからこそ、後のヨーロッパにおいて
バラは人を快楽へ誘う「背徳の花」として栽培を禁じられることにつながったのかもしれません。

●マリー・アントワネットのお気に入り●

18歳でフランス王妃となったマリー・アントワネット。
一度は目にしたことのある有名な肖像画の中でも、
バラを手にした姿で描かれているのはご存知でしょうか。

彼女はファッションだけでなく香り文化でもトレンドをつくった人でした。
それまで上流階級ではジャコウネコからとれるムスクの重く甘い香りが香水の主流でしたが、
マリー・アントワネットが好んだハーブなどの軽く瑞々しい香り(特にバラとスミレがお気に入り)は、
上流階級でブームになり、ベルサイユ宮殿は常にバラの香りが漂っていたそうです。

今でも「マリー・アントワネット」は、名前を冠したバラの品種やバラを使った香水など
モチーフとして愛され続けています。

●バラ園芸を発展させたナポレオン皇妃・ジョゼフィーヌ●

今や5万種以上あると言われているバラの品種。
世界中で競うように品種改良が行われるようになったきっかけが、
ナポレオン皇妃であったジョゼフィーヌであったと言われています。

彼女はフランスのマルメゾン城の庭にバラ園を造り、
浪費家としても有名な彼女は世界中(それが例えナポレオンと戦争中の敵国でも)から
バラの苗を集め、250種ものバラがここで育てられていたそうです。
彼女の没後もバラの栽培・品種改良は続けられ、それが無ければ
バラ園芸がここまで発展することはなかったのではないかと言われています。